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飛行機で 食べるバーガー 添えポテコ

前回の帰省ではJALを使って成田経由で伊丹まで飛んだ。

9年ぶりに使ったJALはいろいろと新しく、日本語でいいという心地よさにプラスアルファの快適さがあった。


離陸してすぐ個人モニターで映画を見ようと思ったら全く反応しない。

あれやこれやと触りまくっているうちに、うっかりCAさんの呼び出しボタンを押してしまった。

「こんなことで呼んですみません💦」という私にCAさんは「いいえ、いつでもお呼びください。」と笑顔で対処してくれた。

固まっていたので再起動が必要で、5分くらい待っている間に2度も声をかけてもらった。

この途中の声かけが日本人らしい心配りだなと思う。




食事はドイツ発の時は美味しくないが、日本発の時は楽しみだ。

1回目は確かドライカレー。
IMG_2709.jpg

デザートはハーゲンダッツの抹茶アイス。

2回目の食事はエアモスに当たった。
IMG_2710.jpg

なかなかモスバーガーに行く機会もないし、食べてみたかったので嬉しい。

説明書を読みながら自分でバンズとパティの間の紙をはがし、レタスを挟んで作る。

ハンバーガーにつきもののフライドポテトの代わりは“ポテコ”。

これも大好きなのだ


機内は2-4-2という席の並びで、窓側2席の通路側を選んでおいたら隣りが空席だった。

窓側に移動して外を眺める。
IMG_2711.jpg


トイレに歯ブラシセットが置いてあったり、イースターに乗ればウサギの折り紙にチョコを入れて配ってくれたりと小さな心遣いが嬉しい。

新しい機材なのか、足元もゆったり目で座席下に荷物も置きやすかった。

もうルフトハンザには戻れないかも。




余談であるが、JALとANA両方で、とてもいいなと思うサービスがある。

それは乗り継ぎの場合、国内線カウンターで荷物を預ける時に宅配サービスを利用すると大きなスーツケースでも1個1000円で自宅まで送ってくれることだ。

いちいち伊丹で荷物をとる必要がないだけでも嬉しいのに、1000円とは安い。

難点はカウンターに行ってそこで伝票を書かないといけない所。

それでなくても老眼なのに、長時間のフライト後で目がしょぼしょぼなのでこれだけはちょっと辛い (^^;





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貴重品 夫は煎餅 我あんこ

この前日本から持ち帰った夫へのお土産は日本酒やおせんべい、今治タオルやワイシャツなど。

中でも夫のお気に入りは 亀田製菓の技のこだ割りシリーズ 旨辛とうがらし。
item_umakara_40_img_201908082244200fa.jpg

やわらかい煎餅が多すぎる中、これはかたくてちゃんと煎餅を食べた気がするのだそうだ。

醤油味もあるが、ちょっと辛いのが好きな夫はこの味びいき。

コンビニ限定とか期間限定で違う味が出ることもある。(今は青唐みそ味)



しかし日本は歯ごたえのあるものが少なすぎる。

いつから煎餅もこんなにやわらかくなってしまったのかなぁ・・。

いつもはドイツに戻って食べたいものなど何一つ思い浮かばないのに、ドイツパンが恋しくなったのには自分でも驚いた。

ふわふわの甘いパンも美味しいがあくまでおやつで、朝食にはしっかりどっしりとしたドイツパンの方が合うような気がする。



自分のために買ってきて楽しんでいるのがこのあんこ。
tsubu-an-topping.jpg

チューブ入りで甘すぎないのがいい。

昔はあずきを買って自分であんこを作ったこともあったが、今後はもうこれを買う。

どんなパンでもバターとこのあんこを塗れば一気に名古屋の喫茶店にワープできる。





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介護体験記11 伯母の死

予想もしない事はいつでも起こるものだ。

母が退院して10日後、母の義姉、私から見ての伯母が亡くなった。

母の入院中、1人でバスに乗って2回もお見舞いに来てくれたくらい元気だったので思ってもみない事だった。

具合が悪くなってからたった1か月。

苦しまず、穏やかな顔で眠るように逝った伯母は90歳の大往生と言えるのだろう。



若い時、伯母はすでに4人の子供がいる伯父の所へ後妻に来た。

伯母自身は初婚だったので周囲は反対したらしい。

その時すでに難しい年頃になっていた従兄たち。

その後も伯母自身の子供はなかった。


私が知らないいろんな事があっただろう。

伯父は20年前に亡くなり、従兄がいくら頼んでも1人で暮らした。

亡くなる少し前、一時退院して従兄の家で初めて10日間過ごした時に、子供達、孫やひ孫達に囲まれ「うちは幸せもんやなぁ。」と言ったらしい。

その言葉が聞けて従兄はどれだけ救われただろう。


我が母は知らせを聞いて少しだけパニックになっていたが、通夜と葬儀に無事に参列できた。

最近は葬儀会場にも車椅子が置いてあるので助かった。

そして会場のスタッフの細かい心遣い。

こちらが不安に思うより先に指示を与えてくれ、何を頼んでも嫌な顔をされないというのは、サービスがないドイツに住んでいると衝撃でもあった。



久しぶりに聞いたお経。

木魚ではなく、シンバルみたいなのを使って唱えていたのだが、その途中で面白いフレーズがあり、笑ってしまいそうになった。

なんちゅう不謹慎な。



おばちゃん、こんな姪を許してください。

向こうでおっちゃんと仲良くね。





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テーマ : 介護
ジャンル : 福祉・ボランティア

昼寝さえ 瀕死のハエに 邪魔される

50余年、生きて初めて40℃という気温を経験した。

ヨーロッパを襲った熱波だ。

数日にわたって39℃以上になったので、室温までも36℃になった。

毛穴という毛穴が開き、数歩動けば汗が出る。

気密性の高いドイツの家では熱がこもってしまうので、夜になっても寝苦しい事極まりなく、とても熟睡などできなかった。



やっと少し涼しくなった昨日、ちょっくら昼寝でもとベッドに横になると気持ちよく入眠できそうなタイミングで足にピタッ。

追っ払ってまたスーッと眠くなると今度は腕にピタッ。

ハエのやつがまるでからかうように私の睡眠を邪魔してきた。


くっそー "(-""-)"

おもむろに起き上がってハエたたきを手にし、奴を探す。

のんきに窓に止まって手をこすり合わせているのを発見。

憎しみを込めて叩いたら、空ぶったのにも関わらず奴はへなへなと落ちた。
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ははーん死んだふりか・・・ そうはいくか!!

バシッと今度は命中したが、何のことはない、もう飛ぶ力もろくにないような弱ったハエだった。

最後の力を振り絞ってやった事が私の安眠妨害て・・・・。( 一一)


ハエもこの暑さで弱っていたのかと思うと、ちょっとだけ可哀想になった。


夜になり今度こそぐっすり寝るぞと思ったら、また気持ちよくなったところでパーンパパーンと花火の音。(こっちの花火は22時から23時くらいにやるのだ)

音ばっかりうるさい花火に邪魔され目覚め、しばらくしてまたうとうとすると今度はバケツをひっくり返したような雨と雷で目覚めたのが2時過ぎ。

夫が全開にした窓を閉めに起きたらまたしばらく眠れず、起きて猫動画などを見ていた。


私は寝たらあかんのか‥‥。




雨にも負けず ハエにも負けず 花火にも夏の暑さにも負けない睡眠術を・・・・会得したい。






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介護体験記10 医者とは

母は退院の2日前、朝方4時にトイレに行こうとして失神した。

幸いトイレには誰かに付き添ってもらって行く事になっていたので、後ろにいた看護師さんが体を支えてくれて事なきを得た。

その時の様子を母は全然覚えていないが、看護師さんによると気分が悪いと言い出し急に足が出なくなったと思ったら体が折れるように倒れたらしい。

ベッドに運んでもらってすぐに意識は回復したらしいが、こんなことは初めてだった。

失神したすぐあとに当直医が心電図をチェックしたが異常なしという事だった。



主治医が来たら話を聞こう。検査も入るだろう。いつもはめったに来ない先生だけど、さすがにこんな時くらいは診に来てくれるだろう。



しかし待てど暮らせど、一向に主治医が現れないし、検査も入らない。

いったい母に何が起こったのか、明後日には退院なのにどうすればいいのか・・・・・不安ばかりが募る。



待って待って、辛抱を切らして14時に詰所まで聞きに行くと、「確認してみます。」

そして返ってきたのは「主治医は今知りました。」という答えだった。



その後やっとCT検査が入ったが、新しい脳梗塞や出血など異常はないという事で、原因ははっきりせず。

迷走神経反射ではないかという事だったが、これは予防法もなくいつ起こっても不思議ではないという。

退院については規定の3か月ぎりぎりまでいたので、「一日も伸ばせない。このままここにいても何もできないのだから帰ってもらうしかない。」と頭ごなしに言われた。


この一連の出来事に、私は怒りが沸騰してしまった。

結果としては同じであったとしても、なぜもっと早く主治医が知ることができなかったのか。
(看護師側としては主治医が朝から詰所に来ていたので当然カルテを見て知っていると思っていたらしい)

家族の不安など一ミリも配慮しない医師の物言いはどうなのか。


もともとこの主治医に対しては不信感しかなかった。

母のもとへやって来るのはせいぜい週1回。

私がいれば私とだけ話し、母の顔すら見ない。

医師とはそんなものだろうか。


顔を見るだけで安心する。

ちょっと触れてもらうだけで有難いと思う。

話を聞いてもらうだけで“先生が話を聞いてくれた”と嬉しくなる。

そんな特別な存在、それが医師ではないだろうか。



退院してからも母は一度、やはり夜中のトイレで気分が悪くなった。

失神こそしなかったが、明らかに血圧が下がった様子だったのにベッドに戻して測ったら血圧は上が180台。

その数時間後には熱も出た。


それからは何ともなく経過しているが、心配は尽きない。





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プロフィール

かみーれ

Author:かみーれ
在独10年。
毎日ほぼスーパーに行くだけの引きこもり生活。

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