夏休みの思い出

子供の頃、夏休みといえば毎日のラジオ体操が日課だった。
radio_taisou.png

早起きし、ふだんは仲良くない兄とともにいそいそと出かける公園。

イラストのように首からスタンプカードをぶら下げ、毎日ハンコを押してもらう。

ハンコが全部たまったらノートとか鉛筆とかをもらえるだけなのだが、それが楽しみだった。


あとは学校のプール開放日。

かまぼこの板に名前を書いた“命札”を持って行き、プールから上がったら持って帰る。

今思えば、そんな札などなくても誰かいなくなってたら一目で分かるはずなのだが、その頃は親も含めて誰も疑問に思わなかったのだろうか。

皆勤で通ったが、夏休み明けの「一番黒い人コンテスト」では優勝できなかった。



お盆が来て親戚一同が集まり、いつも同じような物を食べ、子供達はトランプや人生ゲームで遊ぶ。



そして二学期が迫ってきて手を付けてない宿題が夢に出てくるようになった8月24日頃、楽しみだった“地蔵盆”がやってくる。

これはすごく狭い地域限定の行事だそうで、大阪や神戸あたりしか行われていないようだ。

簡単にいうと、地域のお地蔵さんをおめかしし、子供たちがそのお地蔵さんを巡るとお菓子をもらえるという、スペシャルなイベントなのだ。

これまた仲良くない兄といそいそと出かけ、もらえるだけのお菓子をもらって喜んでころこんで帰ってきた記憶がある。

たまにもらう冷やし飴は嫌いだったし、お菓子のクオリティも低かったが、かなり嬉しかった。

誰かが「日本版ハロウィン」だと言ったが、うまい表現だと思う。



今はもうそんな夏休みを過ごしている子供はいないかな。

ドイツの子供たちは宿題もないし、“休暇命”の親に連れられてギリシャだのマヨルカ島だのと、夢のようなバカンスを楽しんでいる。

夏休みも毎年州によってずらして設定されるし、たった一日が忌み嫌われることもない。

8月31日

日本では嫌いな子がほとんどだろうこの日、溜まりにたまった絵日記を母に手伝ってもらった事は何年たっても忘れない。






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50の手習い

以前、50歳が終わる前にずっと憧れだった事を始める話を書いた。→

それはピアノ。
piano_neko.png


私が小さかった頃の子供の習い事と言えば“ピアノ”か“そろばん”、“習字”くらいのものだった。

ピアノだけは私も習いたかった。

なぜってピアノを弾く姿がカッコいいから。

しかし我が家の経済事情ではどうすることもできなかったし、口にも出せなかった。

友達の家に遊びに行くと置いてあるピアノ。

時々触らせてもらって、「ねこふんじゃった」を弾くのが楽しみだった。



そして時は過ぎ、ドイツに住んで暇を持て余している今、やっと本腰を入れて挑戦してみようという気になったのである。

運よく夫が電子ピアノを所有しており、ヘッドホンをして練習できるから苦情を言われることもない。

ネットで無料の楽譜を検索し、簡単そうな曲をやろうとしてみたが、基本ができてないのでお話にならない。

そこでピアノの入門と言えば・・・の「バイエル」を買った。
IMG_2035.jpg

このバイエルがよくある配送のトラブルでなかなか届かず、記事が書けなかったのだ。

まだ前半の方しかやっていないが、右手と左手が違う動きをすることに頭がパニックを起こしている。(^^;

目指すはクラシックの大曲ではなく、誰もが知ってるような曲を弾くこと。


これで私のしわが伸び切った脳も活性化できるといいな。








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フォークダンスの思い出

それは昔、まだ私が中学生だった頃。

運動会の演目でフォークダンスがあった。

踊るのはお決まりの「オクラホマミキサー」。

男女がペアになり、この絵のように手を取り合って踊るのだ。
dance_folkdance_taiiku.png

今でこそなんとも思わないこのポーズ。

思春期真っ只中の中学生にはえらく恥ずかしく、抵抗がある。

誰が好きだの嫌いだの、それぞれの心中は複雑に入り乱れているのだ。

いくら先生が「さぁ始めるわよ~。隣にいる人とこういう風に手を取り合って・・・。」と言っても

しーん・・・・・。

誰もピクリとも動かない。

ただ目を見合わせてクスクスと笑い合うだけだ。

そしてそのまま数分が経過。

「もういい加減にしなさいよ~。始めらんないでしょう~。」

先生がイライラしてきたその時、私の隣にいた男子が私の手を取った。

「あっ、ほら。ここみたいにこうすればいいのよ。 さぁ皆、始めるわよ。」



そう、恥ずかしくて誰も最初にやりたくなかったこの行動を誰かがやったというだけで、その後はスムーズに皆が手を取り合ったのだ。

あとで二人とも先生からえらく褒められたが、褒められるべきは男子一人だ。

それがなんという名前の子だったかもう全然覚えていないが、あの時の彼の勇気は拍手ものだ。


なぜ急にフォークダンスかというと、最近見たドラマで「○○君と手をつなぐの嫌だ~。」と女子皆から嫌がられてトラウマになっている男性が出てきたからだ。

もし私もそんな風に嫌がられたら、学校に行かなくなっただろうと思う。

今ではもうフォークダンスはやらないらしいが、もしやるとしても大変なことになりそうだ。




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知命の歳もあと数か月

孔子は言った。

「三十にして立つ、四十にして惑わず、五十にして天命を知る」


三十で見識を確立し、独立する。

四十で道理も明らかになり自分の生き方に迷いがなくなる。

五十で自分の生涯における使命を見極める。


昔習ったこの論語。

今改めて見ると、恥ずかしい事極まりない。

いまだ何も悟らず明らかにせず、迷いっぱなしで自分の使命などさっぱり分からない。

これでいいのか自分!?


まだ50歳、されど50歳。

まだ若いつもりでも人生の半分はとうに折り返しているわけで、ここいらで一発気合を入れて残りの人生を悔いのないように生きなければ。



同年代や先輩方のブログを読ませて頂くと、良い刺激を受ける。

たくさんの人がいろんな事に挑戦しているのだ。

こんなことをしている場合やない!

もうすぐ50歳の年も終わってまうやん・・・。

という事で、長い間憧れながら手を出していなかったことを数日前からやりだした。

これまた人の役に立つわけでも、収入が得られるわけでもないのだけれど。

その話については次回。






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熱帯夜の殺意

登場人物

夫; 何事にも執着しないタイプ。 在独26年にして、ほぼドイツ人。

妻; 更年期真っ最中。 良くも悪くも典型的な日本人。


その夜は30℃を超す熱帯夜だった。

クーラーなんて洒落たものは、この国の普通の住居にはまだまだ浸透していない。

何度「暑い。」と言った事だろう。

言っても涼しくならないことは百も承知なのに、つい口をついて出る。

午前中はまだいい。

最悪なのは夕方以降だ。

21時頃雷とともに激しい雨が降った。

あぁ、これで少し涼しく…・・・・ならなかった。

22時頃ベッドに入る。

いつも驚異的に寝つきの良い夫はあっという間に夢の中だ。

妻は最近の習慣で、横になってから本を読む。

今日は入眠導入サプリも飲んで準備万端だ。

東野圭吾はやっぱり面白いなぁ…と思いながら、数日間ちょびちょび読んでいた小説を読み終える。

ちょうど眠くなってきたのでこれなら眠れるだろう。


あづっ "(-""-)"

あまりの暑さにブワっと起き上がったら首筋や額が汗だく。

忘れていたが、これが熱帯夜というものだった。 時間は午前1時43分。

隣の夫を見ると、おでこには「冷えピタ」頭の下には「アイスノン」を当てて、気持ち良さそうに眠っている。

邪魔する髪もないので、冷えピタが張りやすくていいな・・・。

そんなことを思いながら妻はごそごそと起きだし、水を飲み、扇風機を取り出した。

弱風にしてタイマーをセット。

扇風機の風は体に良くないんだけど・・・と思いながらしばらくするとまどろんだ。

と、その時

ぷっすぅ

ギャー \(゜ロ\)(/ロ゜)/

夫の尻の穴から臭気ガスが出たのだ。

寝ながらにしてかくも最高のタイミングを見計らって放屁する技は、いったいどこで獲得したのだろう。

その衝撃と匂いとでまたしても目が覚めた妻は、呆然とした。

そして翌朝、一部始終を夫に話すとケラケラとそれは楽しそうに笑った。

笑えるのも今のうちだという事を、奴はまだ知らない。 (-_-メ)





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プロフィール

かみーれ

Author:かみーれ
ドイツ人が日本人と似てるって?!誰が言ったのそんなこと。
住まなきゃ分からないドイツ人のいい加減さにしょっちゅうキレる毎日ですが、住めば都で早や7年。
どんな事も笑いに変えて、“笑ってもらえりゃ丸儲け”で日本人の夫と二人たくましく生きています。

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